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NAMGIL SARANG

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NAMGIL大好きブログ

足の無い鳥,力強い羽ばたき

ナムギル氏のずっと放置されているミニHPの名前が[足の無い鳥]ですよね、、、
そこにはこんな理由があったとは、、ネットをあまりやらないようですが、
たまには更新してくれたら良いと思うんですけどー。。。。
私と言えば暇な連休にコツコツ地味~にブログ更新(爆)
掃除でもしろ、ってかーーー???えへへへへ



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足の無い鳥,力強い羽ばたき-<モダンボーイ><美人図> キムナムギル
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足の無い鳥がいる。羽ばたきが力無い時は風の中に疲れた体を委ねる、鳥が大地に降りる唯一の瞬間は自分の
命が最後になるその瞬間だ。俳優キムナムギルは喜んで足の無い鳥の生き様を求め,生きている。いつか大地に体を降ろすその瞬間,自分に恥じない様、今日も彼の羽ばたきは簡単ではない。
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「昔はこんな事を思っていた,5年後に僕は,どれだけ成長しているのだろうか,ところがいざ5年前と比べてみると,何が変わったのか良く分からない、単に重みが出るという事だけであるならば,常識人ごときなんかになりたくはない」
転換期,新たな始まり
打ち明ければ,インタビューの場に彼が入って来た瞬間“誰だ?”と思った、受けた配役によって,違う人になって生きる事が俳優であるが、ひとりの人間の顔が,どうすればこんなに毎回変わることが出来るのか,まったく理解出来ない事だった、いちばん最近キムナムギルの姿に会えることが出来た作品は<カンチョルジュン:公共の敵1-1>(以下<カンチョルジュン>、劇中,イウォンスル(チョンジェヨン)の舎弟だった“ムンス”は端正に下ろした前髪の間から冷ややかな冷たい眼を光らせた暗い男だった、映画が公開された時,撮影の真最中だった<美人図>のスタッフさえ彼を見分けられなかった、「後になってから“いや、お前前髪どうしたの?”と言われたよ(笑)まず僕自身が外見上で前作と似てるなと思えたら嫌だ、扮装をして衣装を着たとき,鏡を見てほんとうに僕が演じなければならないまさにその人物になるんだと感じる、その時から演技が始まるんだ」
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デビュー以降“イハン”という名前で活動していた彼は、今年から本名であるキムナムギルで活動していた、芸名でない元々の名前に戻ったのだが,活動中に名前を変えると言う事は俳優にとって大きな冒険でもある。もちろん知らない訳ではなかった、当然沢山悩みもした.「<カンチョルジュン>撮影時カンウソク監督が嬉しい話を沢山してくれた、本名の方がより俳優らしいと,<モダンボーイ>撮影時もチョンジウ監督が,しきりに本名を呼ぶので“イハンという名があるよ”と言うと“分かってる,だけどキムナムギルと呼びたい”といわれたよ。監督にアピールできる名前のようだ(笑)」
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名前を変えると言う事は確実に新たに始めたいという意味であった.何が彼にそんな思いを持たせたのか、「他の誰でもない僕自身に対して正直でありたいという理由が一番大きい,僕の名を掛けて演技をしたかった.名前を変えたからといって大きく変わるようなことは無いが,確実に転換期になるようだった」自ら“映画体質”という彼は,キムナムギルという名前と共に“映画俳優”という名を確実に刻みたかったようだ。
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”公採タレント出身”という看板は彼に多くの機会をくれたりもしたが、一方では彼を枠の中に押し込めた.突如演技者になったがTVドラマの作業はあれこれ難事であった、ドラマの呼吸は適応が難しかった、常に時間に追われる事もつらい事であった、「僕が今,何をしているのか”疑問を持つことがとても多かった,瞬発力が落ちたせいもあるだろうが,人物に対し研究し何かを作り出す時間がとんでもなく不足なので」しかしそういう事がなければキムナムギルという俳優を発見出来なくなる所だった.そしてキムナムギルはやはり自身を作ってくれた基礎がまさにその経験であった事を忘れないでいた.転換期というのは,自分に与えられたレースに忠実に走ってきた人にだけ許されるものなのである。
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感情のどん底でジタバタする作業
キムナムギルはドラマ<グッバイソロ>(06)を思い出すと,まず鳥肌がたつと言った.10本の指を噛んで,痛くない指は無いものだというが<グッバイソロ>はいまだに見ると泣ける時がある「視聴率を離れ,僕にとってはとても大切で格別な作品だ,今でも僕がそんな演技をして,そういう良い作品をやったという事を思い出すと、感情的にも感極まる事が良くある」<グッバイソロ>の“ジアン”は孤独な人物であった、危なっかしく嘘の人生を生きながらもこの世にたった1人でも自分を解ってくれる事を切実に願い寂しく涙を流した男、同年に撮影した映画<後悔しない>(06)の“ジェミン”もつらさでは同じだった。感情のどん底まで落ちて行かなければいけない作業の連続だった「やたら感情的などん底まで落ちてゆく役ばかりやった、撮影時,限界にぶつかりながらとても大変だった、二度とこんな役をやらないでおこうと心に決めた,しかしいざ,少しでも平坦な役だと感じたキャラクターには,おかしなことに感心が向かないのだ」
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そうして見ると役から抜け出る事は,やはりちょっとやそっとで出来る事では無かった<後悔しない>と<グッバイソロ>を終えてからは,暫くの間うつ病にかかった、キャラクターから抜け出す事はいつの時も難しい事だった、早く抜け出してこそ優れた俳優だ,というが,僕はまだまだのようだ「以前は,役から抜け出そうとして,底をついた感情をまた満たすために何をしようかとよく悩んだ、必ず何かをしなければという強迫観念もあった、しかし今では、ただ自分をそっと放っておく、「恋愛”もそうじゃない?別れた後,その寂しさを満たそうと,わざと明るくふるまったりするが,1人になる時間になれば、どうしようもなく渇望する感情が湧いてくる、僕もそんな時があった、恋愛が終わり,わざと仕事ばかり没頭いていたある日、車に乗って別れた彼女の家の前を偶然通った瞬間、感情がワッと吹き出したんだ、車を止めてしばらく泣いていた、演技も同じ事であるようだ、頑なに忘れようと気を揉むものでもない,自然に消えてなくなるのだから」
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トニーレオンやレスリーチャンのような香港俳優の高貴な雰囲気が好きだという話を出してキムナムギルの目つきが瞬時に変わった,<欲望の翼>を通して今やレスリーチャンのニックネームになってしまった“足のない鳥”は,彼を落ち着かせてくれる,ある呪文のようなものであるという、感情のどん底まで落ちて,また浮かび上がって来る,辛く苦しい作業の連続であっても,彼がくたびれない理由はそこにあった、足のない鳥のように疲れたら,過ぎ行く風に体を委ねれば良いのだから.
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今さら感じた俳優の幸せ
少し前公開された<カンチョルジュン>を筆頭にキムナムギルは<モダンボーイ>と<美人図>の封切りを目前にしていた、休みなく作品を続けることが感情的に妨げにならないのかという質問に,彼は“全然”と答えた、むしろ一層情熱的で意欲的な状態になった「配役がいっそう大きくなってからは,その人物を多面的に表現する為の時間が増えたという事に楽しみを感じるのだ、もちろん神経をとぎすまし,1つでもおろそかになれば駄目だという責任感はあるが,それよりも心躍る気持ちの方が先立つ」

そんな点から<美人図>はいちばんキムナムギルらしい姿を見せてくれる作品だ、知人たちが認めるぐらい,彼が任された“カンム”というキャラクターは今まで演じてきたキャラクター中,自分と一番近い人物であった.シナリオの中の多少荒々しく野生馬のようだったカンムの姿はキムナムギルに出会い一層優しく純粋な人物として生まれ変われた「初めは僕が果たしてカンムになれるだろうかと思った、関係が深まるにつれ死に近づくという事を知りながらも,純粋に愛そのものだけを見ているというのが、現実の自分ならば絶対理解出来ない感情であった、しかしシンユンボクという,男装の女性を愛することになりながら,変わってゆく過程がとても魅力的である、キャラクターが成長する感じとでもいうか,撮影しながら僕も,やっと明るい演技もできるようになり,メロウもできるという自信が生じたよ」笑
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<モダンボーイ>はまた違った、イへミョン(パクヘイル)が“ロマンの化身”ならばキムナムギルが演技する日本人検事シンスケは“東京のモダンボーイ”であり“文学青年”彼の表現によると“刃物のようなカリスマを持ったまま本を読み詩を書く両班”である.キムナムギルはシンスケとして生きる事がとても幸せだったようだ、1年の間ずっと<モダンボーイ>ばかり撮ろうと言えば歓喜の声をあげて再び撮影場に駆けていくくらい、「一緒に現場にいるだけでも光栄な俳優たちとスタッフ達,そして良い環境でひたすら演技にだけ集中できるという事がとても幸福だった.監督にこう言ったよ、1年間ずっとこれだけ撮影しろと言えばすぐにでもそうすると、(パク)ヘイル兄貴と(キム)ヘス姉貴が聞けば驚くだろうが(笑)」友情を分けあった友であるヘミョンを捕まえて,仕方なく取り調べをする場面の撮影を終えて、キムナムギルはついに涙が噴き出した、悲しくて流す涙ではなかった、幸福で涙が出る,という事を,はじめて実感した瞬間であった、「幸せだという事をあちこちで自慢したくて<グッバイソロ>の作家であるノイギョン先生にとても幸せだというメールまで送った、以前は<グッバイソロ>を終えて,僕の初恋のような作品だという話をしていたが、<モダンボーイ>もやはりそんな感じである」
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規模が大きい映画の比重の重い役で成長するにもかかわらずキムナムギルにとり今年が特別違う感じではない、“この作品は僕に,とてつもないターニングポイントになるんだ!という未熟な判断もしない、変わった事といえば,観客に,もう少し懐の深い演技を見せることが出来る,という事だけだ.俳優として生きているという事、そして演技に全てを降り注ぐ事ができるという事だけで充分幸せだ.変わったことなど何もない,「昔はこんな事を考えた,5年後に僕は,何をしているか、どれ程成長しているか、こんな考え、ところがいざ5年前と比べてみると何が変わったか良く分からない、単純に重みが出るだけならば,常識人ごときなんかになりたくない(笑)重々しくなり慎重になれるであろうが、でも,どこででも駆け回ることが出来る少年のような感じで生きたい」そうしてみると彼の顔には“少年の微笑み”があった.俳優として生きられてとても幸せだというキムナムギル,努力で成し遂げた貴重な瞬間の真ん中に立ち,その幸せを,自信に満ちて話す事ができる人間の微笑とは、安らかでありながらもそれほどまで輝くのか?
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★下のサジンとってもかわゆーーい‼‼ (きゅんきゅん)
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by pabomama | 2012-04-29 02:01 | namugil